AMU JOURNAL

寄稿文

特定地域づくり事業に係る制度の概要と実務上の留意点

2021.1.19

書いた人 ― 堀田 想太郎

海士町複業協同組合

海士町複業協同組合(以下「本協同組合」といいます。)は、海士町町内の5事業者が組合員となり、2020年10月9日に創立総会を開催した後、同年11月2日に島根県から設立の認可を受けたことで、中小企業等事業協同組合として成立しました。本協同組合は、地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律(令和元年法律第64号。以下「法」といいます。)に基づく特定地域づくり事業(法第10条)を行うことを目的として設立されたことから、法に基づく労働者派遣事業を行う第1号案件として注目を集めました。

その後、本協同組合は、2020年12月4日に島根県によって特定地域づくり事業協同組合としての認定を受け、また、同日に島根県労働局によって労働者派遣事業の届出が受理されたことで、正式に特定地域づくり事業が開始することになりました。

本稿では、本協同組合が利用した特定地域づくり事業協同組合制度の概要を簡単に確認しつつ、実務上重要と考えられるポイントに言及します。なお、本稿は2021年1月19日時点での筆者個人の見解を示すものであり、筆者が所属する組織の見解を示すものではありません。

法の内容

法の目的・趣旨

特定地域づくり事業協同組合に係る制度(以下「本制度」といいます。)として、法では以下のような制度が想定されています。

本制度は、安定的な雇用環境と一定の給与水準を確保した職場を作り出し、地域内外の若者等を呼び込むことができるようになるとともに、地域事業者の事業の維持・拡大を推進することを目的として設計されました。特定地域づくり事業協同組合が具体的にその事業を開始するまでには、(i)事業協同組合の設立(中小企業等協同組合法)、(ii)特定地域づくり事業協同組合の認定(人口急減地域特定地域づくり推進法)、(iii)労働者派遣事業の届出(労働者派遣法)の手続がそれぞれ必要になりますが、本稿では、これらの手続を細かく説明することはせず、上記①から⑥のポイント毎に重要な点について確認することにします。

人口急減地域

人口急減地域としては、地域社会の維持が著しく困難となるおそれが生じる程度にまで人口が急激に減少した一定の地域が該当しますが(法第2条第1項)、具体的には、次の①②③のような地域が想定されています。

したがって、実務上は、特定地域づくり事業協同組合としての認定を申請するにあたり、本制度の対象となる地域が上記のいずれかに該当するかという点を確認しておく必要があります。

中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合

特定地域づくり事業協同組合としての認定を受けるためには、当該組合が中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合である必要があります(法第2条第3項)。したがって、本制度による事業の実施を検討する場合には、まず、中小企業等協同組合法に基づく事業協同組合を設立し、都道府県知事の認可を得る必要があります。

事業協同組合の組合員が特定地域づくり事業における職員(特定地域づくり事業協同組合の職員のことを、以下「組合職員」といいます。)の派遣先になるため、事業協同組合の設立に当たっては、どのような事業者に組合員となってもらうかという点が、各地域で設立される組合との差別化という観点からは実務上重要になります。例えば、組合員の業種を特定の業種に限定することで組合のコンセプトを明確にしたり、特定の業種には限定せず、地域内の事業者に幅広く派遣を行う方針も考えられるところであり、各地域の特性とニーズに合わせて様々な組合設計が可能と考えられます。

なお、特定地域づくり事業協同組合としての認定を受けるための事業協同組合は既存の組合を利用することも可能ですが、当該組合の事業目的に変更が生じるため、中小企業等協同組合法の規定に則って定款に新たに特定地域づくり事業を記載するなど所定の手続を経る必要があります。また、特定地域づくり事業推進交付金の対象経費は特定地域づくり事業に係るものに限られること、特定地域づくり事業について区分経理を適切に行う必要があることにも留意する必要があります。

具体的な事業協同組合の設立の認可・運営については、都道府県担当部局、都道府県中小企業団体中央会と十分相談することが重要です。

特定地域づくり事業

特定地域づくり事業協同組合は、「特定地域づくり事業」を行うものとされており(法第10条)、具体的には次の(1)(2)の事業を行うことが想定されています。

(1)地域づくり人材がその組合員の事業に従事する機会を提供する事業

特定地域づくり事業協同組合制度は、マルチワーカー(季節毎の労働需要等に応じて複数の事業者に派遣)の労働者派遣事業の実施を前提とした制度となっており、これが「地域づくり人材がその組合員の事業に従事する機会を提供する事業」に該当する主たる事業となります。なお、市町村は、中小企業等協同組合法上、組合員の資格を有する者とはされていないため、特定地域づくり事業協同組合の組合員にはなれず、原則として特定地域づくり事業協同組合は、その組合職員を市町村に派遣することはできません。もっとも、組合の共同事業の合理的運営を行う観点から、組合員による組合職員の利用に支障が無い場合には、組合員の利用分量の総額の20%の範囲内で、組合職員を市町村に派遣することができます。

また、特定地域づくり事業協同組合がその組合職員を派遣することができる地区は、当該組合の地区及び当該地区をその区域に含む市町村に属する事業所とされているので、この点にも注意が必要です(法第19条)。

(2)地域づくり人材の確保及び育成並びにその活躍の推進のための事業の企画・実施

移住支援事業、ふるさとワーキングホリデーなどの短期的な人材確保事業、地域づくり人材のスキル向上のための研修事業などについても実施対象事業となります。

なお、特定地域づくり事業協同組合の組合職員として雇用される地域づくり人材としては以下のような人材が想定されます。

特定地域づくり事業協同組合の組合職員が、その余暇等において他の事業者と兼業することは可能です。ただし、法の趣旨に照らして、特定地域づくり事業協同組合の組合職員は主として特定地域づくり事業協同組合の業務に従事する必要がありますので、具体的に組合職員を採用する際には兼業の想定やその程度についてヒアリングを行うことが重要になります。

都道府県知事による特定地域づくり事業協同組合の認定

特定地域づくり事業協同組合の認定の申請は、事業協同組合が行うこととされています(法第3条第1項)。都道府県知事による大まかな認定基準は以下の通りですが、各基準の詳細な考慮事由については、総務省自治行政局地域力創造グループ地域振興室作成に係る令和2年11月付「地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律ガイドライン」(以下「ガイドライン」といいます。)30頁以下で説明されているため、労働者派遣事業を検討する際には当該説明を熟読の上、特定地域づくり事業協同組合の事業が認定基準に沿ったものとなるように検討・調整を行う必要があります。

なお、都道府県知事による特定地域づくり事業協同組合の認定後も、上記基準を継続して満たす必要があり、仮に基準を満たさなくなった場合には都道府県知事が認定の取消しを行うことができるため、注意が必要です(法第9条第2項第2号)。

②の基準について、既存の事業者の職員を離職させ、特定地域づくり事業協同組合が当該職員を新たに組合職員として雇用した上で離職前の事業者のみに派遣するような運用は、地域づくり人材の確保に資するものではなく、当該事業者の人件費の削減を図るものと解されるものであることから、法の趣旨に反する運用として認められません。特定地域づくり事業協同組合の特定の組合職員を特定の事業者のみに派遣するような運用も、当該事業者のみが利益を享受することになるため、同様に、不適正な運用として認められません。

また、④(iii)の財産的基礎等に係る基準を満たすために、関係者からの寄付を受け入れることも積極的な対応方法として考えられるところです。

また、本制度が導入されて間もないことから、認定事例や認定方針の十分な蓄積がないことを踏まえると、都道府県の担当官との綿密な事前相談が重要になります。したがって、特定地域づくり事業協同組合の事業を始めるためのスケジュール策定の際にも、担当官との相談に要する期間を十分に考慮する必要があります(なお、ガイドライン19頁では事務手続のスケジュールイメージが掲載されています。)。

担当官との事前相談によっては、申請書等の記載内容自体を調整する必要がある場合も想定されますが、当該指導内容が組合の方針と適合しているかという点は常に注意する必要があります。

労働者派遣事業の届出

労働者派遣法に基づく許可を受けて事業協同組合が労働者派遣事業を行うことは、従来から法制上可能でしたが、特定地域づくり事業協同組合の場合には届出によって労働者派遣事業を実施できるという点が法の最大の特色です(法第18条第1項)。

なお、テクニカルには、許可制の場合、行政による許可がなければ労働者派遣事業を行うことができず、また、許可を与えるか否かについての行政の裁量も大きいですが、届出制の場合は、行政に対して届出さえ行えば労働者派遣事業を行うことができるという点に大きな違いがあります。もっとも、届出内容に不備がある場合には届出が受理されないため、事前に各担当都道府県労働局と調整・相談を重ねることが重要です。

実務的には、様式の改正等が随時ありうるため、届出に用いる申請書・添付書類の様式は当局のウェブサイトからダウンロードした最新の様式を利用することが望ましいといえます。また、記載すべき内容については様式内部や関連する資料で補足されているため、これらの補足を踏まえて項目を記載する必要があります。

なお、届出により実施できる労働者派遣事業は、無期雇用職員に係る労働者派遣事業に限られています。このため、有期雇用職員に係る労働者派遣事業を実施する場合は別途労働者派遣法に基づく許可を受ける必要がある点には注意する必要があります。

財政支援

国及び地方公共団体は、特定地域づくり事業協同組合の安定的な運営を確保するため、必要な財政上の措置その他の措置を講ずるものとされています(法第16条)。具体的には、①組合職員の人件費は400万円/年・人、②事務局の運営費は600万円/年をそれぞれ上限として国及び市町村等から交付金が給付されることになっています。

なお、①組合職員の人件費については無期雇用職員に係るものに限られることにも留意をする必要があります。

特定地域づくり事業を実施する際の留意点

労働者派遣法の遵守

特定地域づくり事業協同組合は、その労働者派遣事業について、労働者派遣法の規定を遵守して行う必要があります。

テクニカルには、無期雇用労働者の労働者派遣事業について届出制が採用されていることから、許可制及び有期雇用労働者に関する規定については適用がないこととなります。一方、読み替え規定についても詳細に規定されており、一定の事項については労働者派遣法上の罰則の対象ともなるため、専門家に適宜相談の上、法定の手続や対応を怠らないようにする必要があります。

手続的留意点

特定地域づくり事業協同組合は、(i)事業計画及び収支予算を、毎事業年度の開始の日の前日までに(法第11条第1項)、また、(ii)事業報告書を、毎事業年度の終了の日の属する月の翌月以後の最初の6月30日までに(法第11条第2項)、それぞれ所定の様式に従って作成の上で都道府県知事に提出しなければなりません。

また、特定地域づくり事業協同組合は、法に定める事項を変更しようとするときは、都道府県知事の認定を受けなければなりません(法第5条第1項)。この認定を受けずに変更を行った場合には、特定地域づくり事業協同組合の認定が取り消され(法第9条第2項第4号)、また、当該変更を行った者は懲役刑又は罰金刑に処される可能性がありますので(法第25条第2号)、適切に手続を遵守する必要があります。

法によってできること

本制度によって、季節毎に変わる就労先事業者での経験を通した一地域内における複業(マルチワーク)が可能になったため、組合職員個人としてのキャリア形成の幅が広がったものと評価できます。また、公的な財政支援を受けることで、本制度の活用に当たっての資金を一定程度確保することができるという点でも、人口減少地域における本制度の活用の後押しがなされているといえます。

もっとも、本制度自体は地域におけるキャリア形成を促進する土壌造りをしやすくすることにのみ特化しているともいえ、本制度を利用することが地域活性に直接つながるということにはならないとも考えられます。言い換えると、具体的にどのような労働者派遣事業を行うかという事業の内容自体は各特定地域づくり事業協同組合が検討・決定する必要があり、本制度の活用は現場の工夫と裁量に委ねられているといえます。その意味で、特定地域づくり事業協同組合と組合職員の関係性は、主従の関係ではなく、組合職員の経験や知見を活用することで、関係者の対話を通して組合職員と組合及び組合員である事業者の成長を期待するという対等な関係を築くことが望ましいと考えられます。このような対等な関係性を前提に、組合職員の自己実現としての地域への定着という結果が伴うことが理想的といえます。また、財務面についても、組合員による組合職員の受入れは人件費の節約を目的とすべきではなく、制度趣旨を適切に理解した上で事業の運営を行う必要があります。

本制度は、特定地域づくり事業協同組合による労働者派遣事業を届出で実施可能とするとともに、組合運営費について公的な財政支援を受けることができる点で実務的に意義の大きい制度といえるため、適切な制度理解に基づいた特定地域づくり事業の運営によって法の趣旨が実現されることが期待されます。

書いた人

堀田 想太郎

企業法務に携わる都内の弁護士(2017年に弁護士登録)です。国内外のファイナンス案件を専門的に取り扱っています。

堀田 想太郎 の他の記事